東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5392号 判決 1982年4月27日
原告
伊吹産業株式会社
右代表者
大田令川
同
大田令川
同
大田房子
同
大田弘士
同
今野洋子
右原告ら訴訟代理人
梶原正雄
同
江口英彦
被告
三洋証券株式会社
右代表者
土屋陽三郎
右訴訟代理人
佐藤章
主文
一 原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
<前略>
(抗弁)
一 仮に、加藤が各原告との間で、住友精密工業、日東化学工業、丸大食品及び日本無線の各株式についてその主張のとおりの取引をしたとしても、それらの取引は、加藤が自己の営業成績を上げるために原告らの歓心をかう必要にせまられた結果、以前から、現実には売買できない公募株や存在しない被告の手持株を時価よりも安価に原告らが買付けたり、その後時価で売却したりしたかのように操作して莫大な売買益を原告らに与えていた架空取引の一つであり、加藤はこれらの取引について被告を代理する権限を有していなかつたか、あるいは代理権限を自己又は第三者の利益のため濫用したというべきところ、原告らは、右事情とともに加藤が右権限を有していなかつたこと、あるいは代理権限を自己又は第三者の利益のため濫用したことを知つていたものである。また、原告らがその主張の右株式の取引において、これを知らなかつたとしても、原告らは、その主張の右各株式の取引が右加藤の操作する架空取引の一つであつて、加藤は被告を代理する権限を有していなかつたこと、あるいは代理権限を自己又は第三者のために濫用したことを容易に知り得たので、原告らには重大な過失があるというべきであり、証券取引法六四条二項に規定する「悪意」には重過失をも含むと解するのが相当であるから、いずれにしても、原告ら主張の右各株式の取引は、被告に対して効力を生じない。<以下、事実省略>
理由
一被告が原告らの主張するとおりの有価証券の売買、有価証券の売買の媒介、取次ぎ及び代理等を業とする証券会社であり、加藤が被告の外務員であつたことは、当事者間に争いがない。
二まず、原告会社、原告令川及び原告今野の各請求について判断する。
1 <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、
(一) 原告令川は、昭和五一年春ころ、その母親の原告房子を介して当時被告の外務員であつた加藤と知り合うようになり、しばらくは、原告房子を通じて株式等の取引を行つていたが、同年六月からは、直接加藤に対して株式等の取引を行うようになつた。その際、加藤は、株式等のすべての取引にわたつて被告から送付される売買報告書について、原告令川に対し、委託取引や信用取引の場合には売買報告書が送付されるが、公募株や被告の手持株の買付取引の場合には売買報告書は送付されない旨の虚偽の説明をしていたので、これを隠ぺいし、原告令川を信用させるため、被告には無断で、原告令川との間に原告令川名義の株式等の取引についての口座(以下「原告令川名義の口座」という。)を作り、この口座に原告令川との間の金員の出入、株式等の売買状況やその結果の損益状況などを記載してこれを管理していた。
(二) 昭和五一年八月三一日ころ、原告令川は、加藤から、公募株や被告の手持株などの時価より安価な株を被告が販売する客には、被告が販売している公社債債券であるフジキャピタル及びフジファミリーを買つてもらうことになつている、とフジキャピタル及びフジファミリーの買受勧誘を受けたので、加藤に対し、本人としてフジキャピタル及びフジファミリー各一〇〇口を、原告今野の代理人としてフジキャピタル及びフジファミリー各一〇〇口を各一〇〇口につき金一〇五万円で被告から買い付ける注文をしたが、それぞれの代金については、原告令川名義の口座の預託残高から、振替えるように指示したのみで、現実に金員を交付しなかつた。その後、同年一二月二〇日ころになつて、原告令川は、加藤から、被告が新しく販売している債権に買い替えて欲しいと依頼されたため、加藤に対し、それぞれ本人及び原告今野の代理人として、同日右フジキャピタル各一〇〇口を一口につき金一万〇四九二円で、翌二一日フジファミリー各一〇〇口を一口につき金一万〇一六四円でそれぞれ被告に売り渡した(原告令川が本人ないし原告今野の代理人として、フジキャピタル及びフジファミリー合計各二〇〇口を昭和五一年八月三一日被告から買い付け、同年一二月二〇日ころ被告に売り渡した事実は、当事者間に争いがない。)。
(三) 同年一一月一〇日ころ、原告令川は、加藤から、日東化学工業の株式について時価よりも安価な被告の手持株がある、との同株式の買付勧誘を受けたので、加藤に対し、同株式三万株を一株につき金一三五円で買い付ける注文をし、その代金四〇五万円及び手数料六万三〇〇〇円については、原告令川名義の口座の預託金残高から振替えるよう指示したのみで、現実には金員を交付しなかつたので、加藤は、右注文を執行しなかつた。
(四) 昭和五二年一月二四日ころ、原告令川は、加藤から、時価よりも安価な丸大食品の公募株を販売することができるとの同株式の買付勧誘を受けたので、加藤に対し、同株式二万株を一株につき金一一一〇円で買い付ける注文をし、その代金二二二〇万円については、原告令川名義の口座の預託金残高から振替えるよう指示したのみで、現実に金員を交付しなかつたので、加藤は、右注文を執行しなかつた。
(五) 同年一月二五日ころ、原告令川は、加藤から、時価よりも安価な住友精密工業の公募株を販売することができる、との同株式の買付勧誘を受けたので、原告会社を代表して、加藤に対し、同株式二万株を一株につき金五五〇円で買い付ける注文をし、加藤から原告令川名義の口座の預託残高から現実に返却を受けた金一〇〇〇万円に金一〇〇万円を併せた合計一一〇〇万円の現金を被告の第一勧業銀行兜町支店当座預金口座に振り込んだが(右現金一一〇〇万円振込みの事実は、当事者間に争いがない。)、加藤は、この注文を執行しなかつた。
(六) 原告令川名義の口座には、昭和五二年一月二五日現在の預託金残高として金三五九万七七二八円が記載されている。
以上の事実を認めることができる。
この認定事実によれば、原告会社が主張する住友精密工業の株式二万株、原告令川が主張する日東化学工業の株式三万株及び丸大食品の株式二万株の各買付注文、原告令川及び原告今野が主張するフジキャピタル及びフジファミリーの各売買取引は、いずれも成立しているとともに、原告令川は、原告令川名義の口座の預託金残高金三五九万七七二八円を加藤に対して預けていたといわなければならない。
2 そこで、抗弁について判断する。
(一) 証券取引法六四条は、その一項で「外務員は、その所属する証券会社に代わつて、その有価証券の売買その他の取引に関し、一切の裁判外の行為を行なう権限を有するものとみなす」と規定し、更にその二項で「前項の規定は、相手方が悪意であつた場合においては、適用しない」と規定して、外務員に証券取引に関する一般的代理権限を認め、外務員と取引関係に入る第三者が外務員の証券取引に関する代理権限の有無によつて不測の損害を被ることのないようにしている。したがつて、本件において前記認定のとおり成立していた原告会社が主張する住友精密工業の株式二万株、原告令川が主張する日東化学工業の株式三万株及び丸大食品の株式二万株の各買付注文、原告令川及び原告今野が主張するフジキャピタル及びフジファミリーの各売買取引について、被告の外務員であつた加藤には被告を代理する権限が無かつたことを認めるに足りる証拠がないので、加藤は、右各取引について代理権限を有していたことになり、加藤が無権限であつた旨の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(二) ところで、証券会社の外務員が右の証券取引に関する一般的代理権限を自己又は第三者の利益のために濫用した場合については、証券取引法六四条の定めるところではないと解されるので、通常の代理権限ないし代表権限の濫用の場合と同様に、民法九三条但書の規定を類推適用して、相手方が代理人の意図を知り又は知り得べきであつたときに限り、本人は、その行為についての責に任じないと解するのが相当である(最高裁昭和四二年四月二〇日第一小法廷判決、民集二一巻三号六九七頁参照)。
そこで、被告の抗弁一項の主張には、右趣旨の主張も含まれていると解されるところ、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>すなわち、
(1) 加藤は、昭和四九年一一月ころから、顧客の歓心をかうことによつて自己の営業成績をたかめようと考え、真実は被告が引受幹事会社になつていないので販売することができない時価よりも安価な公募株(以下「架空公募株」という。)や被告が真実は所有していないので販売することができない時価よりも安価な被告の手持株(以下「架空手持株」という。)を販売できるなどの虚偽の事実でもつて顧客に取引を勧誘し、これら架空公募株や架空手持株を時価よりも安価に顧客が買い付けたり、その後時価で売却したりしたかのように売買取引を操作して売買益を顧客に与える不正を行つて来たが、このことを隠ぺいするために、原告令川については、前記認定の原告令川名義の口座を作つていた。
(2) 原告令川が昭和五一年六月ころから加藤に買付注文をした株式は、そのほとんどが右の架空公募株や架空手持株であり、原告会社が主張する住友精密工業の公募株二万株、原告令川が主張する丸大食品の公募株二万株のいずれも右の架空公募株であり、原告令川が主張する日東化学工業の手持株も右の架空手持株であつた。
(3) 原告令川は、買付注文をした前記の架空公募株や架空手持株の売却が委託取引たる証券取引所における売却であることを認識していたが、右売却についての売買報告書が、委託取引についての売買報告書は被告から送付されるとの加藤の説明に反して被告からまつたく送付されなかつたことに疑問を持たなかつた。
(4) 原告令川は、昭和五一年一〇月一二日ころ、同月七日当時、原告令川名義の口座の預託金残高が金一〇四万四七二七円であつたのに対し、被告から右同日現在預り金なしとの記載がある残高照合の文書を受け取つた。
(5) 原告令川は、昭和五一年一一月ころからは、加藤の架空公募株や架空手持株の買付の勧誘に対してはより大きな利益を出す話にしか関心を示さなくなる一方、加藤に命じて原告令川名義の口座の預託金残高から現実に現金を支払わせることが多くなつてきた。
以上の事実が認められる。
この認定事実によれば、原告令川が、本人又は原告会社の代表者として行つた日東化学工業の株式三万株、丸大食品の株式二万株及び住友精密工業の株式二万株の買付注文は、加藤の架空公募株及び架空手持株の販売勧誘に基づいて成立したもので、加藤が外務員として有する被告の代理権限を濫用した結果によるものであることは明らかである。そうすると、本件には、原告令川が右各株式の買付注文に際して加藤の右権限濫用の事実を知つていたとの被告の主張を認めるに足りる証拠はないので、結局、原告令川が右各株式の買付注文に際して加藤の右権限濫用の事実を知り得べきであつたか否かが問題となる。この点について、まず、証券取引法四八条は、証券会社と有価証券の取引をする投資者を保護するため、証券会社が自己売買によつて取引を成立させたか、あるいは委託売買によつて取引を成立させたかを問わず、すべての取引について顧客に対する売買報告書の作成交付義務を定めており、しかも、<証拠>によれば、被告は、同条の規定に従つてすべての取引について売買報告書を顧客に送付していることが認められ、これらのことからすると、現在ではすべての取引について証券会社から売買報告書が送付されることは半ば公知の事実というべきであり、その意味で、前記認定の加藤が原告令川との間で原告令川名義の口座を作る際にした売買報告書に関する虚偽の説明を盲目的に信用し、その後もこの説明に疑問を持とうとしなかつた原告令川の態度は、まつたく軽率であつたといわなければならない。その上、昭和五一年一〇月一二日ころ、被告から送付されて来た右認定の売買報告書の記載から、原告令川が原告令川名義の口座の株式等の取引が虚偽のものであることを知り得る機会も充分にあつたというべきである。したがつて、これらの事情に右認定の昭和五一年一一月以降の原告令川の態度を総合すると、加藤が原告令川との間で原告令川名義の口座を作るに際し、及び右日東化学工業、丸大食品及び住友精密工業の各株式の買付注文に際し、原告令川は、いずれもこれらが加藤の権限濫用によるものであることを容易に知り得たものと認めるのが相当である。そうすると、原告令川の口座における金員預託及び右日東化学工業、丸大食品及び住友精密工業の各株式の買付注文は、いずれも被告には何らの効力も生じないことになり、これらの効力が被告に生じることを前提とする原告会社が主張する住友精密工業の株式の引渡請求、原告令川が主張する日東化学工業及び丸大食品の各株式の引渡請求及び原告令川名義の口座の預託金返還請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。
のみならず、証券会社の外務員がその顧客との特別な信頼関係のゆえに証券会社の代理人としてでなく、顧客個人の代理人として行動していたと認められるときは、顧客を保護すべき理由がないので、証券取引法六四条一項の適用はなく、その行為について証券会社は責任を負わないと解するのが相当であるところ(被告の抗弁一項の主張には、この主張も含まれているものと解する。)前記認定の原告令川名義の口座に関する事実からすると、原告令川は、加藤の売買報告書についての虚偽の説明をまつたく信用して原告令川名義の口座を加藤に管理させていたものと認められるので、加藤は、原告令川の代理人として原告令川名義の口座に預託された金員を保管していたというべきである。したがつて、いずれにしても、被告は、前記認定の原告令川名義の口座の昭和五二年一月二五日現在の預託金残高金三五九万七七二八円について、何らの責任も負わないので、原告令川の被告に対する右預託金返還請求は、理由がない。
(三) 次に、フジキャピタル及びフジファミリーの決済済みの抗弁について判断するに、<証拠>を総合すると、原告令川は、加藤に対し、それぞれ本人又は原告今野の代理人として、昭和五一年一二月二〇日フジキャピタル各一〇〇口を、同月二一日フジファミリー各一〇〇口を被告にそれぞれ売り渡すに際し、右売却代金でもつて被告の新しい債券を買うことを了承した上で、同月二三日及び二四日に右各売却代金をそれぞれ受領した旨の領収書(<証拠>)と引換えに、加藤は、被告から右売却代金を全額受領したことが認められ、この認定に反する証拠はない。そうすると、右事実によれば、原告令川及び原告今野は、フジキャピタル及びフジファミリーの右各売却代金の受領権限を加藤に授与していたものと認めるのが相当であり、その結果、加藤が被告から右各売却代金を受領したことにより、右フジキャピタル及びフジファミリーの各売却代金は、既に決済されて消滅しているものといわなければならない。したがつて、原告令川及び原告今野の右各売却代金の支払請求は、いずれも理由がない。
三次に、原告房子及び原告弘士の請求について判断する。
1 <証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>すなわち、
(一) 原告房子は、昭和四九年三月ころ、当時被告の外務員であつた加藤を加藤の顧客であつた訴外長谷川某を介して知るようになり、加藤に対し、株式等の取引を行うようになつた。その後、加藤は、原告房子に対しても架空公募株や架空手持株の買付を勧誘するようになつたが、その際、株式等のすべての取引にわたつて被告から送付される売買報告書について、原告房子に対し、公募株や被告の手持株の買付取引の場合には売買報告書は送付されない旨の虚偽の説明をしていたので、これを隠ぺいし、原告房子を信用させるため、被告には無断で、原告房子との間に、昭和五一年五月二六日以降の原告房子名義の株式等の取引についての口座(以下「原告房子名義の口座」という。)と原告房子が原告弘士の代理人として行う同年一〇月七日以降の原告弘士名義の同じ株式等の取引についての口座(以下「原告弘士名義の架空口座」という。)をそれぞれ作り、これらの口座に原告房子又は原告弘士との間の金員の出入、株式等の売買状況やその結果の損益状況などを記載してこれらを管理していた。
(二) 昭和五二年一月一四日ころ、原告房子は、加藤から、日本無線及び丸大食品の各株式について時価よりも安価な公募株がある、との同株式の買付勧誘を受けたので、加藤に対し、本人として日本無線の株式八〇〇〇株を一株につき金三六三円で、原告弘士の代理人として丸大食品の株式三〇〇〇株を一株につき金一一一〇円でそれぞれ買い付ける注文をし、日本無線の株式の代金については、同日前記の原告令川名義の口座の預り金残高から原告房子名義の口座に入金したことになつている金八〇〇万円のうちから、また丸大食品の株式の代金については、右同日令川名義の口座及び原告房子名義の口座から原告弘士名義の口座へそれぞれ入金したことになつている各金二〇〇万円のうちからそれぞれ振替えるよう指示したのみで、現実には金員を交付しなかつたので、加藤は、右各注文を執行しなかつた。
(三) 同月一七日ころ、あらかじめ加藤が買受けを推奨していた実在しない月利六分の被告発行の短期運用債券金三〇〇万円を買い付けるよう加藤に依頼し、右代金については、原告令川名義の口座から原告房子名義の口座へ振替入金したことになつている前記八〇〇万円のうちから振替えるよう指示したのみで、現実に金員を交付しなかつた。
(四) 同月三一日現在、原告房子名義の口座の預託金残高として、前記同月一四日に入金したことになつている金八〇〇万円の残金九八〇〇円が、原告弘士名義の口座の預託金残高として、前記同月二四日に入金したことになつている金四〇〇万円の残金とその後の現金入金を併せて金二〇〇万円がそれぞれ記載されている。
以上の事実を認めることができる。
この認定事実によれば、原告房子が主張する日本無線の株式八〇〇〇株、原告弘士が主張する丸大食品の株式三〇〇〇株の各買付注文は、いずれも成立しているとともに、原告房子は原告房子名義の口座の預託金残高金三〇〇万九八〇〇円を、原告弘士は原告弘士名義の口座の預り金残高金二〇〇万円をそれぞれ加藤に対して預けていたといわなければならない。
2 そこで、抗弁について判断する。
(一) まず、本件において、前記認定のとおり成立していた原告房子が主張する日本無線の株式八〇〇〇株及び原告弘士が主張する丸大食品の株式三〇〇〇株の買付注文について、加藤には被告を代理する権限が無かつたことを認めるに足りる証拠がないので、証券取引法六四条一項の規定により、加藤は右各取引について代理権限を有していたことになり、加藤が無権限であつた旨の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(二) <証拠>の結果によれば、次の事実が認められ<る。>すなわち、
(1) 原告房子は、当初は加藤との間で正規の株式等の取引を行つていたが、昭和五一年五月二六日以降の原告房子名義の口座における株式等の取引や、同年一〇月七日以降の原告弘士名義の口座における株式等の取引で原告房子が本人又は原告弘士の代理人として買い付けた株式のほとんどすべてが、架空公募株や架空手持株であり、原告房子主張の日本無線の公募株八〇〇〇株、原告弘士主張の丸大食品の公募株三〇〇〇株のいずれもが架空公募株であつた。
(2) 原告房子は、昭和五〇年一〇月二七日現在、原告房子名義の口座において株式会社レナウンの株式四〇〇〇株を買い付けていることになつていたのに対し、同株式についての記載のない残高照合の文書を、昭和五一年五月六日現在、原告房子名義の口座において株式会社加藤製作所の株式四〇〇〇株を買い付けていることになつていたのに対し、同株式についての記載のない残高照合の文書を、同年一〇月七日現在、原告房子名義の口座において松下精工株式会社の株式一万株、科研薬化工株式会社の株式二〇〇〇株を買い付けていることになつていたのに対し、右各株式についての記載のない残高照合の文書をそれぞれ被告から受け取つた。
(3) 原告弘士は、昭和五一年五月六日現在、原告弘士名義の口座において株式会社加藤製作所の株式六〇〇〇株を買い付けていることになつていたのに対し、同株式の記載のない残高照合の文書を、同年一〇月七日現在、原告弘士の口座に金三二五万円の現金入金がされていることになつていたのに対し、預り金なしとの記載がある残高照合の文書をそれぞれ被告から受け取つた。
(4) 原告房子は、昭和五〇年六月二〇日ころ、加藤から実在しない月利6.2パーセントの利息の債権株式ファンドの購入を勧誘され、その代金として金二〇〇万円を加藤に手渡したが、加藤からは、債権証書にかえて、加藤が偽造した「前受金(募集債券受入金)利息支払申請書」と題する書面のみを受け取つた。
以上の事実が認められる。
この認定事実によれば、原告房子が、本人ないし原告弘士の代理人として行つた日本無線の株式八〇〇〇株、丸大食品の株式三〇〇〇株の買付注文は、加藤の架空公募株の販売勧誘に基づいて成立したもので、加藤が外務員として有する被告の代理権限を濫用した結果によるものであることは明らかである。そうすると、本件には、原告房子が右各株式の買付注文に際して加藤の右権限濫用の事実を知つていたとの被告の主張を認めるに足りる証拠はないので、結局、原告房子が右各株式の買付注文に際して加藤の右権限濫用の事実を知り得べきであつたか否かが問題となる。この点について、まず、原告令川について認定したと同様の理由により、前記認定の加藤が原告房子との間で原告房子名義の口座又は原告弘士名義の口座を作る際にした売買報告書に関する虚偽の説明を盲目的に信用した原告房子の態度も、まつたく軽率であつたといわなければならない。その上、被告から何度も送付されて来た売買認定の売買報告書の記載や月利6.4パーセントという利息が証券会社の販売する債券の利息としては異常な程高利率であることから、原告房子が原告房子名義の口座や原告弘士名義の口座における株式等の取引が虚偽のものであることを容易に知り得る機会も充分にあつたというべきである。したがつて、これらの事情によれば、昭和五二年一月一四日の日本無線及び丸大食品の公募株の買付注文に際し、原告房子は、いずれもが原告房子名義及び原告弘士名義の各口座の取引として加藤の権限濫用によるものであることを容易に知り得たものと認めるのが相当である。そうすると、右各株式の買付注文の効力がいずれも被告には何ら生じないことになるばかりでなく、昭和五二年一月一四日以後に原告房子名義及び原告弘士名義の各口座に入金したことになつている預託の効力も被告には何ら生じないことになる。したがつて、右買付注文及び預託の効力が被告に生じることを前提とした原告房子及び原告弘士の日本無線及び丸大食品の各株式の引渡請求及び右各口座の預り金返還請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
のみならず、前記認定の原告房子名義及び原告弘士名義の各口座に関する事実からすると、原告房子は、加藤の売買報告書についての虚偽の説明をまつたく信用して右各口座を加藤に管理させていたものと認められるので、加藤は、原告房子及び原告弘士の代理人として右各口座に預託された金員を保管していたというべきである。したがつて、いずれにしても、原告令川の預託金返還請求について判断したのと同様の理由により、被告は、右各口座の預託金残高について何らの責任も負わないので、原告房子及び原告弘士の被告に対する右各預託金返還請求は、理由がない。<以下、省略>
(井上弘幸)